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機械学習法を用いて脊髄損傷の機能予後を予測
被引用回数上位1%の論文に認定されました!


村山医療センター 臨床研究部長 植村修
元村山医療センター 医師 加藤千尋
(現東京湾岸リハビリテーション病院)

今回我々は、慶應義塾大学との共同研究で、機械学習法を用いて脊髄損傷後の機能予後と自宅退院の可否を予測するモデルを作成し、それぞれアメリカリハビリテーション医学会の学術誌であるArchives of Physical Medicine and Rehabilitationに報告しました。そのうち機能予後予測に関する論文は、臨床医学の分野でClarivate社が集計する、2024年の被引用回数上位1%の論文に認定されました。Clarivate社は毎年ノーベル賞予測をすることでも知られています。
機械学習法は、その名が示すようにコンピュータの力を借りて、一見無関係なデータ群の中に共通するパターンを見つけ出すものです。昨今話題になっているAIも、機械学習法の一つであるニューラルネットワークを高度に応用したものです。また、機械学習法にはニューラルネットワークのほかランダムフォレストやサポートベクターマシンなどの多くの方法があり、それらを組み合わせてより高い精度を目指すアンサンブル学習という手法も開発されてきています。機械学習法は迷惑メール対策など身の回りで多く使われていますが、医療の世界でも数多く報告されてきております。

背景

おおよそ年間5000人の新規患者が発生すると言われる脊髄損傷の本邦での特徴は、受傷時平均年齢が高齢であること、転倒など軽微な外傷による不全損傷が多いことなどが挙げられます。不全損傷は完全損傷と異なり、損傷を受けた脊髄以下の機能が多少なりとも残存している状態で、回復の程度も個人によって大きく異なります。そのため、どの程度回復をするかを予測することは困難で、急性期病院から当院へ転院してきた患者さんは機能予後に関しては“あとはリハビリ次第”と言われてくることがほとんどでした。
ところで、ここでいう機能とはなんでしょう?リハビリテーションの分野では、食べることや更衣、排泄、移動などの日常生活動作(ADL)を機能といい、それがどの程度改善するかを機能予後と呼んでいます。脊髄損傷では専用のADL尺度であるSCIM(Spinal Cord Independence Measure)がイスラエルで開発され、その日本語版は当院の元職である問川博之医長と黒川真紀子医員を中心に作成されました。SCIMは100点満点で採点され、リハビリテーション医療において一般的に使われているFIMと比べても反応性の良さが示されています。

研究成果

我々は、当院入院患者のカルテ情報から、年齢、急性期入院期間、入院時上下肢筋力、入院時SCIM点数などを収集し、それらを元に機械学習法を用いて退院時SCIM点数を予測しました。ここで、単一の機械学習法を用いずに、上述のアンサンブル学習を用いることで、決定係数(R2:どれだけ実測値と予測値があっているかの目安。1に近いほど良い。) 0.8835という高い精度での予測が可能であることを示しました。図左に入院時と退院時のSCIMを示します。容易に見て取れるように、点数の改善の幅は個々で全く異なることがわかります。これを機械学習法を用いて予測した結果を示したものが図右になります。一般的に機械学習法ではデータを二群に分けて、そのうちの一群(train:図では黒丸)を用いて学習を行い、そこでできたモデルの精度をもう一つの群(test:図では赤丸)で検証します。train群とtest群の精度が近ければ近いほど予測モデルの汎化性能(未知のデータ群に対しての予測能力)が高いと見ますことができると言われており、本研究の結果からは予測モデルの精度と汎化性能の高さが示されたと言えるでしょう。

今後の展望

今回の研究では、入院時の所見のみでSCIMで見た全般的な機能予後について高精度に予測できることが明らかとなりました。しかし、SCIMの点数からADLの各項目(食事、更衣、排泄、歩行などの移動機能)などを完全に推定することは困難です。特に排泄に関しては多くの場合は自己導尿などの代償的手段も検討せねばなりません。しかし、上述の通り、自宅退院の可否を予測するモデルはすでに報告しました。それに加えて自己導尿の可否を含めて排泄機能の予後予測、退院時の歩行の可否、さらに適切なリハビリテーション入院期間についての機械学習法による予測モデルを作成しているところです。
また、機械学習法を用いた予測モデル全般的に言えることですが、その複雑さからどうしても外部からの利用が制限されてしまいます。そこで、誰もが利用できるようにウェブアプリケーションとして予測モデルを公開していくことも計画中です。
“あとはリハビリ次第”。そんな言葉を言うことのない、聞くことのない脊髄損傷医療の構築を目指して参りたいと思います。

【論文情報】
タイトル:Functional Outcome Prediction After Spinal Cord Injury Using Ensemble Machine Learning
掲載雑誌:Archives of Physical Medicine and Rehabilitation


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