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トピック

再会― 頸髄損傷、ともに戦う―

再会、実りのとき


2026年5月、10年ぶりに荒武さんは当院を訪れた。
荒武さんは、頸髄損傷により車いすで生活している。手の動きにも不自由さが残る。
院長、医師、看護師との対談は、取材というよりも、どこか同窓会のようだった。久しぶりに顔を合わせる人たちがいる。懐かしい病棟がある。変わった場所もあれば、変わらない場所もある。当時、荒武さんが入院していた脊髄損傷病棟は、新しく建てかえられていた。

荒武さんは、病棟が新しくなったことに驚きながらも、入り口や建物の気配に、入院していた頃の記憶を重ねていた。

当時、荒武さんを知る看護師が声をかけてくる。立ち話程度では、終わらない。当時を振り返りながら、お互いの言葉があふれる。再会の喜びがそこにはある。

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かつて、ここで荒武さんは身体を起こすことも難しかった。起立性低血圧に苦しみ、車いすに乗ることさえ簡単ではなかった。夢を追っていた身体は止まり、これからどう生きていくのかも見えなかった。
当時を知る看護師は、荒武さんの姿を見て、これからの生活を心配することもあった。

その荒武さんが今、車いすラグビー選手として、夫として、父として、同じ場所に戻ってきた。

当時を知る医師や看護師にとっても、その姿はただの再会ではなかったはずだ。
病院は、患者さんを送り出す場所だ。

けれど、送り出した人が、年月を経て、自分の人生を抱えて戻ってくることがある。
荒武さんの再訪は、あの頃の続きではなく、あの頃を越えてきた人の現在だった。
それは、当時を知る医師や看護師にとっても、特別な時間だったはずだ。目の前にいるのは、かつて心配しながら送り出した患者さんではない。競技に打ち込み、家庭を持ち、父となって戻ってきた一人の人だ。

医療が関わった時間は、その人の人生の先に静かにつながっていた。そう感じられる再会だった。それは、当時を知る医師や看護師にとって、実りを受け取るような喜びのときだったのかもしれない。

あの言葉が、今の生活になった


荒武さんの今の生活は、車いすラグビーを中心に動いている。目標はパラリンピック出場とメダル獲得だ。

現在は、競技に打ち込む選手を支えるスポーツ雇用という形で企業に所属している。仕事として、競技に向きあう日々だ。練習し、身体を整え、チームのために準備を重ねる。車いすラグビーは、荒武さんにとって競技であり、仕事であり、生活そのものになっている。

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そしてもうひとつ、大きく変わったことがある。

荒武さんは結婚し、父になった。1歳の男の子だ。
子どもはまだ小さい。膝の上に乗せて散歩に出ることが、最近の楽しみだという。スマホで子どもの写真を見せながら、あちらこちらに興味を向ける子どもとの日々を、荒武さんはうれしそうに話していた。

「結婚もできる。子どももできる。」

入院中にかけられた何気ない言葉だったかもしれないが、荒武さんの心の中には、今もこの言葉が住んでいる。

車いすラグビーに出会い、仲間ができ、仕事ができ、家族ができた。かつて遠すぎて見えなかった未来が、今は日々の生活になっている。

荒武さんは、特別な奇跡を語っているわけではない。
朝が来て、練習へ向かい、家に帰れば子どもがいる。妻と協力しながら、できることを一つずつ増やしていく。うまくいくことばかりではない。けれど、その生活のひとつひとつが、かつて病室では想像できなかった現在なのだ。

あの言葉は、励ましだったのかもしれない。
けれど10年が過ぎた今、その言葉は荒武さんの生活の中で、静かに本当になっていた。

未来へ進む医療、iPS細胞と再生医療


対談の中で、荒武さんが強い関心を寄せていた話題があった。
iPS細胞、そして再生医療だ。

荒武さんは、医師の説明に熱心に耳を傾けていた。どこまで研究が進んでいるのか。自分のように、受傷から時間が経った人にも可能性はあるのか。運動機能や感覚は、どのように回復していく可能性があるのか。

その問いは、単なる好奇心ではなかった。

頸髄損傷とともに生きてきた人だからこそ、知りたい未来がある。期待したい気持ちがある。けれど同時に、簡単に答えが出るものではないことも、荒武さんは受け止めているようだった。

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医師は、研究が少しずつ進んでいることを説明しながらも、慎重に言葉を選んでいた。安全性、対象となる患者さんの条件、治療として広く届けられるまでの時間。再生医療は希望である一方で、まだ多くの課題を一つずつ越えていかなければならない。

荒武さんは、その話を静かに、そして真剣に聞いていた。

すぐに何かが変わるわけではないかもしれない。けれど、医療は止まっていない。かつては想像することさえ難しかった未来に向かって、研究は少しずつ進んでいる。

荒武さんにとってiPS細胞の話は、単に「治るかもしれない」という話だけではなかったのだろう。

今を生きながら、未来にも目を向けること。

車いすラグビーに打ち込み、家族と暮らし、父としての日々を重ねながら、それでも医療の進歩に希望を持つ。その姿は、荒武さんが今もなお、夢の途中にいることを感じさせた。

画面に届いた、車いす生活のリアル


車いすラグビーは、荒武さんの生活を変えただけではなかった。
その経験は、やがてドラマの現場にも届いていた。
TBSドラマ「GIFT」は、車いすラグビーを題材にした作品だ。荒武さんは、その制作に関わる俳優の方々に、車いすでの動きや生活場面について助言をした。荒武さんの練習場所でもある有明の日本財団パラアリーナは、日曜劇場「GIFT」の中で、「ブルズ」のライバルチームである「シャークヘッド」のホーム練習場として撮影に使われた場所でもある。

車いすから車へ移る動作。
手の使い方。
車いすのこぎ方。
食事をするときの動き。
仕事をしているときの姿。
文字を書く場面。

それらは、外から見ただけでは分からない細かな動きだ。けれど、実際に生活している人にとっては、毎日の中にある動きでもある。

俳優の方々は、その一つひとつを熱心に聞いてくれたという。
荒武さんは、自分が伝えたことが作品の中で形になっていることを、うれしそうに話していた。

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医師もまた、ドラマの描写に違和感が少ないことを評価していた。障害や車いす生活を、ただ記号のように扱うのではなく、実際の生活に近づこうとしている。手足の動き、身体の使い方、日常の所作。その細部に、現実に近づこうとする姿勢が表れていた。

かつて荒武さんは、車いすに乗ることさえ簡単ではなかった。
その荒武さんが今、車いすラグビー選手として、俳優に動きを伝えている。
これは、単なるドラマの裏話ではない。

ひとりの経験が、誰かの演技になり、物語になり、見る人の理解につながっていく。車いすラグビーが荒武さんにくれたものは、競技の中だけにとどまらず、社会へも少しずつ広がりはじめていた。

夢は、ともに歩む力になる


荒武さんの夢は、何度も形を変えてきた。

子どもの頃は、体操でオリンピックに出ることだった。サーカス団員になったとき、その夢は舞台へ移った。事故のあと、夢は一度、見えなくなった。

それでも、車いすラグビーに出会い、夢はラグ車の上に戻ってきた。競技に打ち込む日々が、仕事になった。

仲間ができた。
家族ができた。
父になった。

そして今、その経験は、荒武さんひとりの中だけにとどまっていない。

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iPS細胞や再生医療の話に耳を傾ける姿には、未来の医療に向けた期待があった。ドラマ「GIFT」に関わり、車いすでの動きや生活のリアルを伝えたことは、障害や車いす生活への理解を社会へ届ける一歩でもあった。

夢は、誰か一人で完結するものではないのかもしれない。
医療に支えられ、家族に支えられ、仲間と競い合い、そして自分の経験が誰かに伝わっていく。荒武さんの歩んできた時間は、少しずつ、周りの人の未来にもつながりはじめている。

荒武さんは、夢を追いかけ、今も夢の途中にいる人だ。
その夢は、車いすラグビーのコートの中にあり、家族との日々の中にあり、医療の未来の中にあり、そして、誰かが障害を知るきっかけの中にもある。

夢は終わらない。
形を変え、場所を変え、荒武さんとともに、今も広がり続けている。
そして、その歩みは、当院がこれからも頸髄損傷と向きあい続ける道でもある。

頸髄損傷とともに生きる人がいる。
その人を支える家族がいる。
医療の進歩を待ちながら、今日を生きる人がいる。

私たちはこれからも、頸髄損傷と向きあう人たちと、ともに歩んでいく。

お知らせ 第3回脊髄損傷を語る会


脊髄損傷を乗り越え、社会へと歩みを進めた当事者が、自らの体験と言葉で伝える「リアルな声」。医療者だけでは見えない景色、支援のあり方、そして希望。さらに、脊髄損傷にまつわる最前線の医療情報や、現場の取り組みついての講演も行われます。

当日、記事中の荒武さんも参加予定です。

立場や職種にかかわらず、どなたでもご参加いただけます。
日時:2026年7月4日(土曜日) 13:00開場 13:30開演
場所:村山医療センター1階地域医療研修室
参加費:無料

現地先着40名、Webでも同時配信いたします。参加には申込みが必要です。

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