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頸髄損傷と再生医療 ― iPS細胞移植の可能性 ―

正しい医療情報を届けるために


TBSドラマ「GIFT」では、車いすラグビーが物語の大きなテーマとして描かれました。
車いすラグビーという競技を知った方、頸髄損傷という言葉に初めて触れた方、障害のある方の生活や身体の動きに関心を持った方もいらっしゃるかもしれません。
こうした関心の高まりは、頸髄損傷について正しく知っていただく大切な機会でもあります。また、頸髄損傷と向き合う方の中には、再生医療に期待を寄せている方も少なくありません。

この記事では、頸髄損傷とは何か、iPS細胞を用いた再生医療とはどのようなものか、そして当院がどのような役割を担っているのかを紹介します。

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当院の元患者さん(車いすラグビーで活躍,山村泰史氏、荒武優仁氏)

頸髄損傷とは


私たちが体を動かそうとするとき、脳からの指示は脊髄を通り、神経によって手足へ伝えられます。また、物に触れた感触や痛み、温度などの情報も、神経から脊髄を通って脳へ伝えられます。
脊髄は、脳と体をつなぐ非常に重要な組織です。同時に、とても繊細な組織でもあります。成体哺乳類の中枢神経系、つまり脳や脊髄は、損傷を受けると再生が難しいことが古くから知られてきました。
スポーツ外傷、交通事故、転落などによって脊髄に損傷を負うと、その後の生活に大きな影響を及ぼします。損傷の程度が重い場合、頭でいくら体を動かそうとしても、脳からの指令が損傷した脊髄を越えて手足へ伝わりにくくなります。
頸椎は、首の部分にある7個の骨で構成されています。その中央には脊柱管という通り道があり、脊髄はその中を通っています。脊髄は繊細な組織であるため、骨によって守られています。
しかし、何らかの外傷によって頸椎の部分で脊髄が傷つくことがあります。これが頸髄損傷です。
軽症であれば、手足のしびれなどが現れ、その後少しずつ軽快していくこともあります。一方、バイク事故や高所からの転落など、強い外力によって頸髄が重度に損傷した場合には、麻痺が残る可能性が高くなります。
損傷後に麻痺が残るかどうか、またその重症度は、外傷の程度や損傷部位によって大きく異なります。脊髄が圧迫されている場合には、麻痺の進行をできる限り抑えるため、早急な手術が必要になることもあります。
頸髄損傷は、単に手足が動きにくくなるだけの病気ではありません。その人の生活、仕事、家族との時間、将来の選択にも深く関わります。だからこそ、急性期の治療だけでなく、その後のリハビリテーションや生活支援も非常に重要になります。

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診察前、朝のカンファレンス

再生医療への期待


脊髄損傷の治療において、近年大きな期待を集めているもののひとつが、iPS細胞を用いた再生医療です。
iPS細胞は、さまざまな細胞に変化する能力を持つ細胞です。この性質を利用し、神経のもとになる細胞へと誘導して、損傷した脊髄に移植する研究が進められています。
脊髄は、一度損傷すると再生が非常に難しい組織と考えられてきました。そのため、これまでの治療では、残された機能を最大限に活かすリハビリテーションが重要な役割を担ってきました。
一方で、再生医療は、損傷した神経そのものに働きかける可能性を持つ新しい医療として注目されています。
ただし、再生医療は「すぐに治る」ことを約束するものではありません。移植した細胞が安全であるか、どのような効果が期待できるのか、どのような患者さんが対象となるのかなど、慎重に確認しなければならない課題があります。
現在行われている研究や治験は、こうした安全性と有効性を一つひとつ確かめながら進められています。
頸髄損傷と向き合う方々やご家族にとって、再生医療は大きな希望です。同時に、正確な情報をもとに、現在の到達点と課題を理解することも大切です。
当院では、iPS細胞を用いた脊髄損傷治療の実現に向けて、その可能性と課題に向き合っています。

iPS細胞治療とは


脊髄損傷、iPS細胞を用いた再生医療という言葉はこれまでもメディアにたびたび登場していますが、そもそも脊髄損傷とはどのような病気で、またiPS細胞治療はどの様なものでしょうか。
なお、ここからは頸髄損傷を含む脊髄損傷全体に対する再生医療として説明します。

~脊髄損傷~
脊髄損傷とは外傷などにより脊椎(骨)に囲まれている脊髄(神経)が損傷することです。脊髄は脳と接続しており、脳幹を通じて脳から伝達された指令を手や足に伝達する役割や手や足の情報を脳に伝達する役割を持っています。
脊髄が損傷することでその伝達がうまく伝わらず、手足の運動、感覚の麻痺や自律神経障害が起こります。本邦でも約10万人以上の脊髄損傷患者がおり、毎年約4000-5000人の患者が新たに発生しています。近年では転倒などの軽微な外傷を契機に発症する高齢の脊髄損傷患者の増加が指摘されています。
集学的医療の進歩により重度の麻痺をかかえた脊髄損傷患者でもその生命予後は一般の方と変わらないようになってきました。しかしながら、有効な治療が存在しないため、リハビリテーションで、残存機能を活用することでADLの改善をはかるというのが現状の治療の限界でした。このような状況を打開するために、損傷した脊髄の再生をめざす研究がすすめられてきました。
長いあいだ「脊髄を含む成体哺乳類の中枢神経系は損傷を受けると二度と再生しない」と信じられてきましたが、近年の基礎研究の著しい進歩により中枢神経損傷でも適切な環境が整えば再生することが明らかになってきました。

~iPS細胞由来神経幹細胞~
Induced pluripotent stem cell (iPS細胞)は2006年に京都大学の山中伸弥教授らにより樹立された細胞で、成熟した体細胞に4つの初期化遺伝子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)を導入することで作成されます。体細胞が初期化(リプログラミング)されることで、神経や筋肉、臓器といった様々な細胞に分化する能力を持つ細胞(多能性幹細胞)です。
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本研究でも、このiPS細胞を神経の元となる神経幹細胞(iPS細胞由来神経幹細胞)に誘導し、これを移植しています。これまで、マウスやサルの亜急性期脊髄損傷モデルに対するiPS細胞由来神経幹細胞移植はその治療効果が確認されており今後の臨床応用が期待されています。
今回の臨床治験の結果、つまり脊髄損傷患者に対するヒトiPS細胞移植の安全性や有効性の評価は世界中が注目しています。

臨床応用を目指した研究体制


iPS細胞を用いた脊髄損傷治療の研究は、ひとつの医療機関だけで完結するものではありません。
本研究では慶應義塾大学を中心として、大阪医療センター、大日本住友製薬が連携しています。京都大学iPS研究所(CiRA)から供給された臨床グレードのiPS細胞から誘導された神経幹細胞が脊髄損傷患者に移植されました。今後は、村山医療センターで引き続き移植後の有効性や安全性評価を含めた経過観察とリハビリテーションを継続いたします。
基礎研究、細胞の準備、移植を行う医療、安全性や有効性の確認、移植後の経過観察など、それぞれの段階で高い専門性が必要になります。
脊髄損傷に対するiPS細胞治療を、将来の医療として届けていくためには、研究機関、大学病院、専門医療機関が連携しながら、一つひとつの過程を慎重に積み重ねていく必要があります。

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臨床研究や治験では、まず安全性を確認することが重要です。移植した細胞が体内でどのように働くのか、どのような変化が見られるのか、予期しない問題が起きていないかを、医学的に丁寧に評価していきます。
また、治療として広く届けるためには、有効性についても客観的に確認していく必要があります。どのような患者さんに、どの時期に、どのような方法で行うことが適切なのか。そうした課題を明らかにしていくことが、臨床応用への大切な道筋になります。
当院は、脊髄損傷に向き合ってきた専門医療機関として、この研究体制の中で、移植後の経過観察や医学的評価などの役割を担っています。
iPS細胞を用いた再生医療は、期待だけで進められるものではありません。安全性と有効性を慎重に確かめながら、将来の治療として確立していく必要があります。

未来へ、頸髄損傷と向き合う方々と


再生医療への期待は、頸髄損傷と向き合う多くの方々や、そのご家族の思いにつながっています。医療の進歩は、大きな希望のひとつです。
一方で、再生医療は、期待だけを先に進めるものではありません。今どこまで研究が進んでいるのか、何が課題なのか、安全性と有効性をどのように確かめているのかを、正しく伝えることが大切だと考えています。

頸髄損傷とともに生きる方がいます。
その方を支えるご家族がいます。
医療の進歩に希望を寄せながら、今日の生活を積み重ねている方がいます。

私たちは、これからも、頸髄損傷と向き合う方々と、ともに歩んでいきます。

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お知らせ 第3回脊髄損傷を語る会


脊髄損傷を乗り越え、社会へと歩みを進めた当事者が、自らの体験と言葉で伝える「リアルな声」。医療者だけでは見えない景色、支援のあり方、そして希望。さらに、脊髄損傷にまつわる最前線の医療情報や、現場の取り組みついての講演も行われます。

当日、関連記事中の荒武さんも参加予定です。

立場や職種にかかわらず、どなたでもご参加いただけます。

日時:2026年7月4日(土曜日) 13:00開場 13:30開演
場所:村山医療センター1階地域医療研修室
参加費:無料

現地先着40名、Webでも同時配信いたします。参加には申込みが必要です。

第3回脊髄損傷を語る会ご案内

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